こたつの購入を検討しているので、併せてソファがほしいです。できればこたつ用のローソファがいいですね。2人掛けくらいのゆったり座れてコンパクトなタイプのものがいいです。長時間座っていても平気なちょうどいい硬さだとなおよし。ちょうどいいソファ選びは難しいけれど、どんなものがいいかいろいろ見ながら考えていると少しわくわくします。
どうしても部屋が狭い場合、どこかに収納スペースを作りたいと考える。そんなとき、収納付きベッドはいかがだろうか。わたしの家はベッドに引き出しがついているタイプであり、洋服や旅行バッグを入れている。大容量なので、他にも季節ものなどを入れることができそうである。部屋が狭い場合は引き出し付きのベッドがお薦めである。
東日本大震災による火災で全焼した石巻市門脇小の近くで焼け残った1本のアカマツが、ハンガリー発祥の木製笛「コカリナ」として復活した。完成したコカリナは2日、市内で開かれた記念コンサートで音色が初めて披露され、震災当時6年だった同小の卒業生に贈られた。
アカマツは同小に隣接する西光寺の墓地内に自生し、樹齢は80年ほどだった。火災で表面の一部は焦げたものの、焼け跡に1本立っていた。震災後に現地を訪れたコカリナ奏者の第一人者、黒坂黒太郎さん(62)=埼玉県飯能市=が楽器製作を提案し、被災地支援コンサートを開くなどして資金を集めた。
コカリナは能代市内の工房で製作し、先月下旬までに160個出来上がった。長さ11センチ、直径4センチの円筒形で、柔らかい音色が特徴という。
2日に西光寺本堂で開かれたコンサートでは、黒坂さんやコカリナサークルのメンバー130人がコカリナの笛を演奏。最後にはアカマツの切り株の脇で童謡「ふるさと」を全員で合奏した。
コンサート中、黒坂さんは同小の卒業生19人にコカリナを手渡した。ことし中には在校生約200人に贈る予定という。
震災当時6年の佐藤真歩さん(13)=石巻市南浜町4丁目=は1カ月前から練習を重ね、今回の演奏に加わった。津波で父親を失い、自宅は流失した。「松が戻ったように、南浜町も元に戻ってほしい」と語った。
黒坂さんは「アカマツの生きるエネルギーを演奏中に感じた。コカリナが子どもたちの励みになればうれしい」と話した。
「感無量。8、9割はボランティアさんのおかげ」
宮城県山元町で栽培を再開した19戸のイチゴ農家の一人、半沢徳男さん(62)は山寺地区の大型ハウスで、定植を終えたイチゴの苗を見ながら感慨深そうに語った。
町内3カ所にイチゴ畑計170アールを持っていたが、津波で沿岸部の2カ所が壊滅。山寺地区の大型ハウスも約1メートルの津波に襲われた。ここは高い位置で栽培する「高設ベンチ栽培」だったため、施設一式は残った。
4月中旬以降、連日ボランティアに周辺のがれき撤去やハウス内の泥出しなどを手伝ってもらった。9月上旬に苗の定植までこぎ着けた。
順調に生育すれば11月下旬ごろ収穫が始まり、クリスマス時期に最盛期を迎える見通し。「震災前以上に規模を拡大したい」。一時は生産再開をあきらめかけていた半沢さんは今、2人の後継ぎ息子とともに復興に向かって歩みだした。
町内のイチゴの販売額は2010年、約13億円に上った。イチゴの復興が町の復興に直結している。
町は8月末に公表した土地利用構想案の中で、農免農道の沿道に新たにイチゴ畑や観光農園を集約する方向性を示した。生産の合理化がブランド再興の鍵とみて、イチゴ農家には農機具の共同利用などを促す方針だ。
町内では被災したイチゴ農家4人が観光農園の運営会社を新たに設立し、共同で再起を目指す動きも出ている。
町によると、町内のイチゴ農家129戸のうち6割強が生産再開に前向きという。一方で4割弱の農家が再開を断念したか、迷っている。
イチゴを半世紀作ってきた鈴木庄吉さん(73)は断念した一人。「やる気はあったが、再開には経費がかさむ。この年齢ではお金を貸してくれるところもない」。後継者がいないことも決断を促したという。
大型ハウスでイチゴの生産を再開した半沢さん(右)。ブランド復活に向けた取り組みが始まった=9月23日、宮城県山元町山寺
仙台市が東日本大震災で被災した宮城野、若林両区沿岸部の住民と、建築制限や集団移転の方向性を話し合う「東部地域まちづくり説明会」は2日、4町内会で実施され、対象としていた計28町内会全てで終了した。
説明会は9月24日から計19回開催。条例で、住宅の新築や増築ができない「災害危険区域」に指定して集団移転を促す市の方針に、若林区荒浜、宮城野区蒲生などの地区からは、費用負担の軽減策や、住み慣れた地域で生活再建できるようにする津波防御策を求める意見が出された。
市は「財源となる国の第3次補正予算のめどが付き次第、早急に具体案を説明したい」と繰り返す場面が目立った。
市は今後、住宅再建について意向を聞くアンケートを実施。第3次補正予算案の成立が見込まれる11〜12月に防災集団移転に関する住民説明会や意向調査を行う。現行の市災害危険区域条例は津波浸水地域を規定していないため、市は並行して見直し作業を進め、早ければ市議会12月定例会にも改正案を提出する考えだ。
仙台市が実施した東部地域まちづくり説明会では、同じ地区内でも集団移転や建築制限のあり方などに多様な意見が出され、住民合意の難しさを浮き彫りにした。移転を迫られる住民の中には、いまだ明示されない費用負担を懸念する被災者もいる。説明会などの場で出た住民の意見から、現時点で直面する課題を整理した。
◎地域分断と防災
県道塩釜亘理線が6メートルかさ上げされた場合、宮城野区の新浜、南蒲生の両町内会には事実上、地域を分断する「壁」ができる。両町内会は移転対象戸数を減らすため、塩釜亘理線の一部を海側に移す案を要望していた。
会場でも「地域の分断に伴い、町内のコミュニケーションや信頼関係が絶たれてしまう」との声が出た。市は要望を基に予測した被災実態を「浸水の深さがおおむね2メートル以上で、一部は4メートルを超えてしまう。浸水域も広がる」と説明した。
災害危険区域設定の根拠となる津波浸水シミュレーションは現在、海岸堤防の高さを7.2メートルとして作成している。市の説明は、堤防を6.2メートルとした当初の想定を前提としており、住民から「結論ありきだ」と疑問の声も上がった。
当面の災害時の避難誘導態勢の不備を指摘する意見が出たほか、台風15号で決壊した七北田川の土のう積みの仮堤防について、早期に恒久的な堤防を整備するよう求める声も目立った。
市は「早急に取り組む。避難場所を11月には知らせたい」と述べた。
説明会は新浜、堀切両町内会が1日で約210人、南蒲生町内会対象の2日には約280人が出席した。
◎現地再建の是非
宮城野区白鳥地区は市の震災復興計画中間案で、新築や増築の際には2階建て以上にして避難できる部屋を設けるという、緩やかな建築制限案が示された。
同地区3町内会を対象にした9月25日の説明会には、約200人が参加。住民からは「現地再建だけに固めてほしくない」「海に近い蒲生地区などに住宅があったので被害が軽減されたが、今は状況が違う」「地盤沈下で台風でも浸水被害が出ている」など、不安を訴える発言が相次いだ。
市は「白鳥地区は津波到達が遅く、建物の流失が少ない。2階に避難することで一定の安全性は保たれる」と述べ、理解を求めた。
◎移転用地の確保
宮城野区の上岡田、下岡田、荻袋の3町内会は、塩釜亘理線と仙台東部道路に挟まれた地域で、集団移転を促される地域から移住先として望む声がある。
約120人が来場した1日の説明会では、同地区付近が「市街化調整区域内移転検討地区」とされたことについて、「地権者の了解は得ているのか」「集団移転してくる住民と一緒に、まちづくりを話し合える場がほしい」といった意見があった。
地区には、塩釜亘理線の再整備にかかる時間や、復興の在り方に不安を抱く人もいるからだ。
市は「まだ何も決まっていない。移転先を確定していく段階で、説明する機会を設けたい」と強調し、かさ上げする塩釜亘理線の工事完了時期については「少なくとも5、6年かかる」との見通しを示した。